ちょっぺこ日記

日々雑感や本の感想、息子の不登校のこと、自分の病気のこと(癌やパニック障害とか)等をつぶやいています。

仕事に復帰しております。

 先週の月曜日から仕事に復帰しました。3か月の介護休暇からの復帰です。

 久々の仕事で、何やらバタバタしているうちに一週間が終わりました^^;。

 私は、仕事が嫌いな人間なのですが……仕事の内容そのものが好きじゃないし、やりたいとも思わないしって感じで、社会人としていかがなものかと我ながら思います。

 ただ、じゃあ、何で働いているの?というと、そりゃあ、やっぱり一番はお金です。無償で今の仕事をしろって言われても絶対にやりませんから。

 でも、お金以外では、何故働いているの?って聞かれたら、仕事のやりがいではなくて、職場の人間関係が悪くないからって答えると思う。

 やりたくない仕事だけど、職場の人らとコミュニケーション取るのは嫌いじゃない。数年ごとに異動があって、人間関係がリセットされてしまい、苦手な人と働くこともありましたけれども(←一回、本当に精神的に病みかけた。挨拶は無視されるし、書類を回したら、ミスがあったということで、無言で書類を投げつけられたり、思い出しても、辛すぎる…涙。←ただ、きつくあたってくる人がいたおかげで、同情して優しくしてくれた人も数人いて、その人らとは今も会えば仲良く話すことができている。本当にありがたい。あのとき、きつくて嫌な人がいなかったら、きっと、「辛いんです…」と弱音を吐ける関係にはなれなかったと思うから^^)。

 というわけで、人間関係が悪くないので、ぼちぼち仕事は頑張っていこうーと思う日曜日の夜。…いや、でも、仕事自体に対してはサザエさん症候群ですとも。

 

 さて、不登校息子ですが、現在は適応指導教室に毎日通っております。

 朝は私が送っていき、帰りは実家の父にお迎えを頼んでいます。

 学校へは週2回ほど、朝1時間だけ別室登校するというのをチャレンジ中。それはやっぱりまだ学校が不安な場所だからか、玄関で固まったり、前日の夜から不安でそわそわしている。まあ、無理のない範囲で、行けたら…。

 私は、もう息子を学校に戻そうとは考えてなくて、ずっと行かなくても別に構わないと思っているのだけれども、本人は「学校に行けるようになりたい」と言う。そう言っている以上は、応援はしたいと思います。

 

 

 

【読書】「月と日の后」冲方丁

 大河ドラマ「光る君へ」にはまったので、図書館で関連の本を数冊借りてきた。

 早速、冲方丁『月と日の后』を読了。

 主人公は中宮・彰子。「光る君へ」の主人公・紫式部がお仕えした中宮であり、道長と倫子の娘である。

 彰子が12歳で一条天皇の入内してから没するまでの歴史が描かれていた。ほぼ、史実を彰子視点で描いたほぼ地の文の文章で、読みにくいかなぁと思ったのが、歴史上の出来事がどうなるのかが気になってさくっと読めました。

 彰子の視点で見ると、あ、そうか。入内したばかりの少女には、一体、内裏では何が起こっているのか、父親の道長らがやっている政治って何なのか、定子って誰?って感じでわからないことだらけだったんだなぁと気付いた。

 つい歴史を知っていると、知ってる前提で物語やその舞台を見てしまうのだけど、一登場人物の彰子からしたら、わからないことだらけで心細くなるのも無理からぬことだと思った。

 しかし、一条天皇への想いにより、自ら様々なことを学び、何も知らない少女からやがて国母として政治の采配もするようになる彰子という女性の成長に目を瞠るものがある。彰子って結構、すごい女性なんじゃ?と思った。

 清少納言が使えた定子も教養溢れる女性で、一条天皇の寵愛を一身に受け、御子を3人も生んでいるのだけど、兄・伊周の失脚から、家の凋落と…なかなかに苦労したのだろうと思う。そして、若くしてお亡くなりになってしまったから、もう死んでしまってはどうにもならない。

 対照的に彰子は長生きだったようで…生きていれば、色々な歴史にも立ち合っていくものだなぁと思う。

(それにしても平安時代は人が、儚く死んでいく…。長生きな人は80や90まで生きているけど、早い人は30代であっけなく亡くなっていて、現代とは命のとらえ方が違うのだろうなぁ…。怨みによって不幸が起こるということも、本気で信じていた時代なのですね)

 

 

 

 

【大河ドラマ感想】光る君へ(20)

来週から仕事復帰だ…と少し憂鬱?不安?になりながらも、相変わらずだらだら過ごしている。

息子は、適応指導教室に毎日行けるようになったので、行っている間は自由時間。

これまでも行ける日もあったのだけど、途中でお迎え要請が来る可能性もあり、真の意味で自由時間ではなかった。

けれども、最近は多分、大丈夫(今日なら12時のお迎えまでは自由時間)。

 

けれども、特に何をするともなく……いや、正確には掃除したり、洗濯したり、少し料理も作ったり、家事をやっているのだけど、そういうのって好きなことをやっているというのとは違うしなぁ。

 

一体、私の好きなことって何だろう…とぼんやり考えていたら、あ、いやいや好きなことしてたじゃん!と思い出す。

大河ドラマ「光る君へ」第20回を3回くらい録画を見返してたじゃん~♪と(笑)。

 

というわけで、「光る君へ」の感想を書きます。

(最近、夫がiPadを買い替えたので、お古が息子に行きました。お古は私も使っていいということなので、iPadでお絵描き…。へたくそですが、雰囲気が伝われば…)。

 

道長様が読んだ手紙の筆跡がまひろのものだと気付くシーンがよかったので、何回も見返してました(笑)。

大量の手紙をずっと読んでいて、お疲れの道長様がまひろの字を見つけて、疲れはいずこにという感じで、わざわざ自宅にまで帰って、昔もらった文の筆跡を確認するという…(本当にまひろのこと好きなんだね)。

今回の大河ドラマ、創作多めとはいえ、史実を変えることはできないから仕方ないんだけど、私は思いましたよ。

 

道長とまひろ、もう付き合っちゃえよ、結婚しちゃえばいいのに~!と(笑)

 

そういうわけにもいかないのですが、ドラマを見ていると、道長、本当にまひろのこと好きすぎではなかろうかと思います。

しかし、元カノの手紙を必死に見る道長様の背後には、正妻の倫子が!

 

(倫子様、気づいているんじゃない? 今後、どこかで修羅場が予想される…。いや、でも、確かに倫子様は正妻だけど、道長とまひろの方が先に付き合ってるわけだし、そもそも平安時代なんだから、一夫多妻制だし、いいのか………)

 

どうでもいい妄想を繰り広げてしまう^^;。昔の昼ドラかって感じですよね。

 

と、ドラマの中では伊周、隆家が大変なことになり、中宮・定子様も追い詰められてしまって可哀そうに…(来週の予告に「枕草子」が出ていて、ああ、そうか…「枕草子」は過ぎ去った定子様との美しい楽しい思い出を、清少納言が思い出しながら綴ったんだなぁと。高校時代に読んだきりなので、改めて読んでみたいと思いました)。

 

伊周、往生際が悪いぞ…。でも、隆家が花山院に弓を射たせいで、都を追われることになったのに、隆家のことは一度も責めてないし、言い訳もしないあたりは、本当は家族思いのいい人なんだろうなぁと思いました。

そして、隆家はいい味、出してました(笑)。もう仕方ない、出雲に参りましょう!とさわやかに退場~♪ ああいう風にやっちゃったことはもうどうしようないから、気持ち切り替えていこーとできたら、いいよね。羨ましいわ。

 

そして、主人公のまひろと父・為時のやりとりもよかったですね。

道長様との関係を聞いて、何も言わずにまひろを見つめていた姿にまひろをいたわる気持ちを感じました。

(次週?からはいよいよ越前編。舞台は福井県・武生…現在の越前市越前市あたりではイベントやってるっぽいけど、福井県全体ではそんなに盛り上がってない感じではありますが、近いし、聖地巡礼でもしてみようかな)。

 

 

 

……と、まあ、こんな感じで、毎週日曜日の大河ドラマをとっても楽しみにしている日々です。

平安時代、あまり詳しくないけど、登場人物の来ている衣の重ねた色や柄も綺麗だよね。あれ着て、生活するの大変そうだけど(トイレとかどうしていたんだろう…)、見ている分には美しくて良き。

 

 

 

 

 

 

 

f:id:Nonapenta:20240522100619p:image

【読書】『「不安症」でもだいじょうぶ』原井宏明著

 最近、自分の体調や、息子の状況、仕事に復帰したらどうなるのかなどなど、色々な不安が頭の中をぐるぐるしてしまい、身が竦んでしまう感じがしていました。

 意味もなくネットサーフィンをしていたときに、ふと目に留まった本。興味があったので、読んでみました。

 

 

 

 

「不安さえなければ人生はうまくいく」と考えて不安をなくそうとすることで、逆に、人生をストップさせてしまうわけです。

行動の幅を広げてみましょう。

まずやってみて、それからどうだったかを考えるのです。

「まあ、仕方がない。そういうこともあるよね」と、過去の失敗と将来の不安を抱えたまま、とにかく止まらずに動き続けるようにします。

 

カバーに書いてあった言葉。不安症のことを勉強していると、よく出てくる概念です。不安のまま行動しなさいと。

息子の主治医の先生も、息子の不安が辛い気持ちをどうしたらいいかという点で、「不安をなくそうとしない。不安を認めたうえで、脇に置いて、やるべきことをやりなさい」といつもおっしゃっています。

認知行動療法パニック障害の暴露療法など、これまで自分自身の不安障害と向き合う上で、いろんな本を読んできましたが、確かにどの本でもそう言っています。

しかし! それができれば苦労しないのよ!とも思います(笑)。

高所恐怖症の人に、バンジージャンプさせるようなものですからね。いきなり無理だっての。

……と、「無理」と思いながらも、とりあえず本を読んでみました。

 

 

 

目次はこんな感じです

不安とは…

不安になること自体は悪いことではなく、ポジティブな感情と同じように人の原動力やモチベーションになりえるのですが、生活に支障が出ているのなら心の病気といえます。

不安になりやすい体質

 不安になりやすい体質というのがあり、これは「先天的にも後天的にも高くなること」があるそうです。

 

もともと怖がりだった人が、怖くなる対象をすべて遠ざけていたら、ちょっとした刺激にも「怖い!」という反応が出るようになります。p38

 

 自分の場合はどうなんだろう。もともと怖がりや心配性だった気もしますし(先天的)、チャレンジをしなくなったり、嫌なことから逃げてしまったりしたことで、余計に「怖い…」となってしまったような気もします。うーん。

 

不安症とうつ病の違い

 不安と抑うつは異なる状態です。そのため治療法もまた異なります。p42

 

 ↑これは何となくわかります。不安から二次的にうつ病になることもあるので、これらが全く無関係だとは思いませんが、不安とうつは違うし、対処方法も違う。そういう話は、病院でも聞いたし、本にも書いてありますよね。

 うつ病は、ストレスの原因から離れて休養することが大事だけど、不安はあえて不安に飛び込むといった行動が必要だっていう話なのですが…(だから、それができれば苦労しないんだけど^^;)。

 

不安があっても前に進むためにはどうしたらいいのだろう?

 まあ、こんな感じで、不安について客観的に説明してくれているのですが(ちゃんと本の内容をまとめようと思ったのですが、すっ飛ばしてしまいました…^^;)、読んでいて私自身が気になった箇所や実践してみたいなぁと思うところをピックアップしてみました。

「不安にならない」という目標は間違い。

 いつも「ああなったらどうしよう」「仕事で体調不良になったら…」「息子が将来、引きこもりになったら…」「電車で具合が悪くなったら…」等と不安に支配されることが多く、「この不安をなくしたい!」と強く願ってしまいます。

 でも、「不安にならない」というのも目標にしても、結局、そのためにどうしたらいいのかわからなくて、余計に不安がぐるぐるしちゃうことが多いです。

(「〇〇を思い浮かべてはいけませんよ」と言われたら、余計に〇〇について考えちゃうような感じ)。

 

「不安にならない」とか「イライラしない」とか「落ち込まない」とか「あれこれ考えない」とか、死人でもできる「しない」ということを目標にすると、そのために何をしたらよいのかがわからなくなってしまいます。

(中略)

 そこで、目標は「××しない」を「〇〇する」というように肯定文にしてみましょう。

 

 なるほど~。

 不安にならないようにしようと考えるのではなく、例えば、動悸がしてきたら、「ゆっくり呼吸をしてみよう」とか「数を数えてみよう」とか「~する」で対処法を考えるといいのかな。会議で発表するときに緊張したら、「緊張よなくなれ」と思うのではなく、「1分間に400字のペースで話そう」「この箇所を丁寧に説明しよう」という風に考えたり?

(とはいえ、本当に不安の絶頂のときには、難しいとは思います。でも、なくなれなくなれ…と考えて、余計にドツボにはまるよりはマシ!)

 

セルフモニタリング←これは試してみたいな

・1日の気分の点数を、朝ー20点、昼0点、夜20点と記録する。

・1日の活動(睡眠、食事、外出等)を記録する。

・何があったのか、何を感じたのかを記録する。

 

 バーチカル手帳に1日の様子を詳しく記入するようなものですかね。気分に点数をつけることで、朝は憂鬱だけど、夜には元気になっているんだなぁとか、このイベントがある前は体調を崩しやすいのだなぁとか自分の傾向がつかめるようになるとのこと。自分がいつ不安になるか、きっかけは何か等がわかれば、対策を立てることもできる。

 「記録することは治療の基本中の基本」で有益らしいので、この方法は試してみたいなぁと思いました。(三日坊主になりそう?)。

 

f:id:Nonapenta:20240516113543j:image

 

あえて嫌なことをしよう(エクスポージャー

 これはパニック障害の治療でもよく言われているやつですね。電車に乗って倒れそうになり、電車に乗ることが怖くなってしまったという場合、電車を避けていたのではいつまでもよくなりません。少しずつ電車に乗る練習をして、パニック発作自体に慣れて行こうというもの……。

 わかっちゃいるが、これを一人でやるのは無茶苦茶ハードルが高いと思いました。

 筋トレ…だと思って、少しのことから試したいとは思いますが…。

 

エクスポージャーは不安や恐怖に耐えられる筋力をつける筋トレなのです。

 

場数をこなす(苦手なことをやりまくる)

 苦手な場面に慣れるためには、苦手なことをやりまくろう…ということですね。エクスポージャーと同じですね。

 確かに場数をこなすしかないと思うこともあります。

 自分の場合だと、就職して最初の所属が、とにかく人前で話す仕事がたくさんありました。もともと、そうしたことが非常に苦手でしたので、本当に苦痛。最初は、緊張して、何を話しているのかわからなくなったり、挨拶文やメモを用意して読み上げるだけということも…。

 でも、1年以上続けたら、不思議なことに、その場でスラスラ挨拶できるようになりました。苦手意識は変わりませんし、やりたくはないですが、慣れというのは確かにあるのかもしれません。

 

 

不安になりやすい息子への接し方の参考にしよう

「問題行動によって本人は何を得ているのか」

 第6章のテーマは「不安を訴える本人に対して、家族はどう関わるとよいのか?」ということでした。 

 例として、「もしかしたら病気かも」と何度も訴える70代の母親を持つ子どもの事例があがっていました。

 高齢の母は、「病気かもしれない」と頻繁に子どもに連絡をしてくる。子どもは仕事をしているので、仕事中に何度も電話がかかってきて困っているのとこと。

 そうしたケースでは、どう対応したらいいのでしょうか?

 

肝心なことは本人を変えるのではなく、自分が変わることです。

 

f:id:Nonapenta:20240516155730j:image

 

 (Ⅰ)が現状です。お母さんは孤独を感じている→家族に通院に付き添うように要求→家族が注目、おしゃべりという良い結果を得ている。

 そこで、「〇〇のときに」という先行条件を家族の方が変えます(お母さんを変えることはできないので)。

 (Ⅱ)定期的に家族が訪問する→家族に通院に付き添うように要求→訪問日でないときに付き添いを要求しても、子どもは注目しない。元々定期的に訪問していた日がキャンセルされてしまうという悪い結果になってしまう。

 そうするとお母さんは、付き添いの要求という行動をしたことで、悪い結果を得てしまうので、その行動を減らすように変わっていきます(弱化)。

 

 という考えなのですが、これ、私が今、受講しているアレントレーニングでも同じことを習いました! 

 例えば、子どもがスーパーでお菓子を買ってと泣く→泣かれると困るから親はお菓子を買ってあげる→子どもは泣けばお菓子が手に入ると学習してしまう。でも、例えば、泣いても、その行動を「無視」し(注目を与えずに)お菓子を買ってあげないとする。子どもは諦める→すかさず、親は「我慢できてえらかったね!」と誉めてあげる。

 そうすると、子どもは泣いても親は自分に注目してくれないことを学習し、徐々に「スーパーで泣きわめく」という好ましくない行動が減っていくというもの。

 

家族の過干渉が不安症状を悪化させる?

 家族がやりがちな謝った対応として、親子間での過干渉があるそうです(う、耳が痛い)。

 

不安になりやすい傾向は親から子に遺伝します。

子どもが不安になるときは親も不安になりますし、その逆もしかりです。

 

 不安の気質が遺伝かどうかはわかりませんが(先天的なものもあるし、後天的なものもあると思うので)、確かに親の私が不安になっていると子どもの不安げです。そして、子どもの不安に、私は無茶苦茶、影響されて、感情が振り回されちゃいます^^;(そんなものよね)。

 

どうやって家族の不安に向き合えばいいの?

 じゃあ、どうすればいいのか?という問題について、著者はいくつかの方法を説明してくれます。

  • 相手の不安に巻き込まれない
  • 正論で説得しようとするのをやめる
  • 共感的な「聞き返し」をする
  • 聞きたい話に注目し、ネガティブな話をスルーしてよい  等

 

 家族が不安だ不安だと言っていても、同じ土俵に立ってあたふたしないことが大事なのかなぁと思いました(それができれば苦労しないんだが…)。

 

 大事なことは、本人であっても家族であっても、不安をそのままにしておくことです。

(中略) 

 不安にとらわれて苦しんでいる相手を適当にあしらうというのは、冷たい対応のように感じるかもしれません。しかし、相手の不安に巻き込まれてしまうと、家族も本人と一緒に不安に振り回されることになってしまいます

 

 そのためにはどうしたらいいのかという話で、私が試してみようかなと思った方法が「共感的な聞き返し」「ネガティブな話をスルー」というものです。

 

共感的な聞き返し

 例として、高齢の母が「あなたに迷惑をかけたくないけど、心配でたまらなくて…」と不安を訴えた来た際に、「そんな心配なことなんてないよ」「またそんな話をして…」「なんともないって!」などと正論で返しても、本人には伝わらない。

 

例:「お母さんは私に迷惑をかけたくないけど、心配でたまらないんだよね…」

 おうむ返しにするだけでも共感的な返しになります。更に、本人の気持ちを推測して、聞き返してみるとよいとのこと。

例:「お母さんは自分が娘の足を引っ張っていることに気づいていて、本当はもっと娘の話を聞いてあげたいと思っているんだね」

 

他にも「こんなに苦しいのなら早く死にたい」→「死にたくなるくらいつらいんだね」、「私は今すぐ〇〇しないと」→「誰かにこのつらさをわかってもらいたいんだね」等のように、相手の言葉の裏にある気持ちを推測して聞き返してみると、本人も素直に受け入れられるかもしれません。

 

ネガティブな話をスルー

 この相手のネガティブな話をスルーという方法がかなり参考になりました。というのも、息子はいつもいつもネガティブなことばかり言い続けるところがあり、それに対してイライラしてしまうことが多かったからです。「そんなこと言い続けてもどうしようもないじゃない」と反論してしまうと、息子は「僕のこと、わかってくれない!!!」と癇癪を起すきっかけになったり(とほほ…)。

 

同じ話ばかりがくり返されるときの対応のコツは、感謝の言葉など少しでもプラスの部分があれば、そこを選択的に注目して聞き、ネガティブな話には反応せずにスルーしてしまうことです。

 

 例として、また高齢母と娘のやりとりがあがっていました。

 

母「あなたは私を置いて出かけるわけ? 私は今日も腰が痛いんだけど」

娘「私が出かける支度をしているのに気づいてくれたんだね。これから買い物に行くんだけど、一緒に行く?」

 腰が痛い、私を置いていくのかというネガティブな部分はスルーして、〇〇に気づいてくれたんだねとプラスの部分に注目して返答しています。他にも「今日は買い物に行ったら、レジの人が感じ悪くて」という話になったら、「今日、買い物に行ったんだ。調子悪くてもちゃんと外出したんだね」と返すという例もありました。

 この方法は息子にも使えそう!と思いました。

 

まず、自分が幸せになる

 さて、この本の最終章の見出しが「まず、自分が幸せになる」でした。

 世話をしたり、気にかけないとと思っている相手がいると、いつの間にか自分のことは後回しになってしまうことが多いですが、まずは自分が…という気持ちで、日々のちょっとしたことでも幸せになるように過ごしたいですね。

 

 大切な人を幸せにするには、自分自身が幸せになることが大切です。幸せな体験をした人が実在することは、暗闇にいる人に希望の光を与えます。

 

(…むっちゃ長い文章になっちゃった。うまくまとめられるよう精進したい^^;)。

カウンセリング。

 最近、体がだるい、気持ちが低空飛行で、何となく気持ちも体も鬱っぽく過ごしていた。「太陽フレアのせい」にしたい(笑)。
 さて、昨日は、自身の心療内科受診日で、カウンセリングと診察を受けてきた。
 ペアレントレーニングという講座を受講しているのだが、講座自体は先に進んでいない^^;。 ホームワークで、子どもの「好ましくない行動」を「無視」しようというのがあるのだが、これがうまくいかないから…というのもあるし、今回は最近の息子の様子や私の気持ちをつらつら話して1時間が終わった。
 
 

私が最近、考えいることについて

  • 息子は相変わらずネガティブで、学校にはやはり行けそうにない。
  • あと2週間で仕事に復帰するが、息子の対応と仕事の両立ができるのが不安。
  • 仕事で家にいる時間が減ることにより、また息子の調子が崩れたらと思うと不安。
  • このまま高校にも行けず、息子の将来が不安すぎる。
  • 何が「好ましくない行動」なのか、子育ての基準が自分にはわからない。
  • そういえば、息子が小さいときから、どう躾をすればいいのかよくわからなかったことを思い出した。また、自分自身が子どもがそもそも苦手で、ずっと一緒にいるのが少し辛かった。
  • 周りのお母さん方や親せきのおばちゃんとかの子育てを見ていると、自然にうまく育てていてすごいなぁと感じたが、自分はそれが自然にすることができない。
  • そういえば、自分の母も「子育てしたことない」とか言っていたし、子どもの相手をするのが苦手なようだ。私と弟は、祖父母や父親、親せきに育てられた経緯がある。
  • そういう風に自分自身が子育てがわからなかったり、社会性が乏しいという欠陥があるせいで、息子は不登校になったのではないかと自責の念にとらわれる
  • 子どもの幼児期(今もだけど)、自分の障害で体調が悪く、自分ひとりで、子どもを外に連れ出したり、他人と交流させることができなかった。(今も一人で電車に乗ったり、遠出や外食が難しいときがある……そのこと自体は自分の人生だから諦めているが、そのせいで子どもにしわ寄せがきてしまったのかな、などと)。

 

カウンセラーの先生のお話

  • お子さんが何も変わっていないと言うが、話をうがかっていると、適応指導教室に毎日通えるようになった、そこで友達ができた、癇癪や気持ちの切り替えが以前よりもできるようになったということなので、確実に前進していると思う。
  • 小学校5年生の今、こうだからと言って、中学校、高校でどうなるかはわからないし、新しい友達ができる等で変わっていくこともある。
  • お子さんの経過を見ていると(ホームワークの経過)、確実に「好ましくない行動」の頻度が時間が減っているし、自分は何もできてないと思わなくていいと思う。
  • 仕事柄、不登校の色々な事例を見聞きするが、不登校の原因は本当に色々である。自分が原因だと考える必要はない。
  • 何とかしようとこうしてカウンセリングを受けたり、行動している。
  • 「好ましくない行動」「好ましい行動」の基準がわからないという点について、親の基準がコロコロ変わってしまうのは子どもにとってよくない。悩んだときは、アドバイスできるし、聞いてほしい。
 

カウンセリングを受けての感想

  • 確かに、息子の以前の様子に比べたら、適応指導教室にも行けるようになったし、友達もできたし、すごく成長しているから、嘆く必要はないのかも…(他の子どもや世間と比べるんじゃなくて、その子の前と今で比べればいいのか…)。
  • 確かに、将来のことは誰にもわからないし、今、不安になっても仕方ないなぁ。やれることをやろう。
  • 子育てについてわからなかったり、至らないと思ったら、相談すればいいのだな。
  • 終盤でカウンセラーの先生に対して、自分でも思いがけず、こんなことを言っていて、自分で驚いた。そういう風に考えている自分もいるのだと思った。気付いたら、少し気持ちが楽になった。
 
「息子のことは不安で、皆が進むレールを外れた人生がどうなるのか不安で仕方がない。でも、自分自身は母親に行けと言われた通り、レールに乗り、親が望む職業に就いたが、ずっと人生が苦しいと感じてきたし、全然楽しくない。だから、正直なところ、息子に対して、レールから外れた、心配だ、不安だという気持ち9割なのだが、残り1割は、どうなるのかなという”希望”を感じてる
 
ともあれ、何かすっきりしたー♪
しかし、カウンセラーの先生の、傾聴とさりげなくポジティブな内容を拾うという技術がすごいなぁと感じた。

GWの広島旅行。

急遽、思いつきで広島へ行ってきました。

(長野にも行ってみたかったが、東京から近い場所だと混むかなぁとか。息子が適応指導教室で最近、仲良くなった中学生が自衛隊とか戦艦とかの話をしてくれたようで、じゃあ、「大和ミュージアム」行ってみる?といった流れで、広島行きが決定^^;)。

 

しかし、広島…遠かったなぁ。距離をよく考えずに車で行ったものだから、7時間ほどかかりました。

1日目は呉市へ。大和ミュージアム、鉄のくじら館を見学したり、ちょっとバスに乗って海上自衛隊の潜水艦が停泊している場所を観に行ったりしました。

ゴールデンウィークだからか人人人。大和ミュージアムは入るまで行列ができていて、中も人が多く、あまりじっくり見れてないのですが、まあ、雰囲気は味わったかな。

戦艦大和の10分の1模型が展示してありましたが、かなり大きい。巨大な船だったんですね。

アメリカが戦艦を量産するのとは逆に日本は質の高い高性能な戦艦を作ろうということで開発された大和。零戦といい、戦時中の日本の技術力は優れていたのかもしれないですね。

(とはいえ、資源がない国だから、戦争をしても負けるのはわかっていただろうに…)。

 


f:id:Nonapenta:20240506102047j:image

f:id:Nonapenta:20240506102045j:image

f:id:Nonapenta:20240506102042j:image

 

 

この世界の片隅に』という漫画の舞台でもある呉市

壁面にイラストやロケ地MAPが描いてありました↓。

ホテルで漫画を読み返して、「なるほど、あの場所があっちの方で、あの病院があれかぁ」と興味深く景色を見れてよかった^^。(海軍病院が今の国立病院になっているようでした)。

 

f:id:Nonapenta:20240506102122j:image

 

 

呉市で呉焼きという広島風お好み焼きを食べて、宿泊。

2日目は広島市平和公園へGO。

広島平和記念資料館で原爆の資料や展示を見る。ここも観光客でいっぱいでした。外国の方が多い印象。展示の前にたくさん人がいて、前に進むのも大変。じっくり展示物を見る余裕はなかったです。

ただ、原爆で亡くなった方の大量の白骨遺体の写真や、焼けただれた姿の写真、焼けた衣服やお弁当箱、三輪車など……凄惨な様子がわかる展示物は見えました。

息子が深刻な表情で黙って展示を見ていて、「怖かった」と後で感想を言っていました。そして、戦争なんて嫌だ、ロシアやイスラエルは駄目なことしている、と言っていました。

「広島に原爆を落としたのは、アメリカだけどね」とさらりと話しましたが。ドイツのホロコーストも、アメリカの原爆も(原爆だけでなくB29での空襲も)、民間人の大量虐殺という点では変わらないのではないかな…と個人的には思いますが、「勝てば官軍」なのかもしれません。

いずれにせよ、どの国が悪いとかどの国が正しいということはなくて、戦争はどのくにも悪いんだと思う。勝っても負けても。

 

資料館の後は、原爆ドームを間近で見て、平和公園内をぶらぶらして、岐路に着いたのでした。

お昼ごろに広島を後にしましたが、福井に帰ってきたのは夜…。舞鶴若狭ルートで帰ったから、大阪京都経由するよりはかなり時間短縮にはなったはずなんだけど、やっぱりGWは混みますね。

 

 

 

適応指導教室に行けてる。

息子が適応指導教室の方に行くようになっている。

しかも、午前から行っている。

さらに、午前中は3コマとも勉強したらしい(昨日)。

信じられない! ←って失礼かな(笑)。

 

適応指導教室の午前中は、50分?×3コマの設定で、何をするかは自分で時間割を決めて行う。一応、勉強タイムとなっているのだけど、勉強以外のことでもいい。

最初は午前中から行くこと自体が難しくて、行こうとして癇癪を起したり、体調不良になったりという感じだったけれども、ここ最近は「疲れるなぁ」とは口にするけど、スムーズに朝から行っている。

そして、漢字ドリルをやっているらしい。今、小学校5年生だけど、4年生の勉強がまだ終わっていないので、コツコツ4年生の漢字を書いているのだとか。

 

ものすごい進歩だ…。

 

まあ、学校の方には行けてないけどね。

毎朝、アプリで欠席連絡をしている。

担任の先生からは「元気ですか? 具合悪いなら無理しないでね」という言葉。

たまにもらいにいく連絡物の中にはクラスメートが毎日書いてくれている「明日の時間割」や「早く元気になってね」「待っているよ」という手書きのメッセージ。

 

(病気じゃないから元気なんだよなぁ)

(プレッシャーを感じるなぁ)

 

と私自身は思ったのだが、淡々と「クラスの子のメッセージ書いてあるよ」と息子に伝えてみた。

そうしたら、「え、何かプレッシャー感じて嫌だなぁ。読まない」とさ^^;。

 

(まあ、そうだよね…)

 

クラス替えでクラスメイトも半分以上は知らない子だろうし、息子のために毎日、連絡を書いてくれる子たちにも申し訳なさを感じる。よく知らない子に「早く来てね」とメッセージを書くその子らも大変だろう。

 

(手書きのお手紙は不要です、と言いたい…)

 

モヤモヤしながらも、でも、先生の好意を無にするのも忍びなくて、そのままにしている^^;。何かモヤモヤするのだけど…。